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東京高等裁判所 平成4年(ネ)157号 判決 1992年10月21日

平成三年(ネ)第四四九四号控訴人・平成四年(ネ)第一五七号被控訴人第一審原告

柳浩相

(以下「第一審原告」という。)

右訴訟代理人弁護士

正木孝明

平成三年(ネ)第四四九四号被控訴人・平成四年(ネ)第一五七号控訴人第一審被告

株式会社マルワ

(以下「第一審被告」という。)

右代表者代表取締役

土田和鋭

右訴訟代理人弁護士

池本美郎

村田喬

主文

一  第一審被告の控訴に基づき原判決中の第一審被告敗訴部分を取り消す。

二  第一審原告と第一審被告間の横浜地方裁判所平成二年(手ワ)第八二号約束手形金請求事件の手形判決中の第一審被告敗訴部分を取り消す。

三  第一審原告の請求を棄却する。

四  第一審原告の控訴を棄却する。

五  訴訟費用は、第一、二審とも第一審原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  第一審原告

1  原判決及び第一審原告と第一審被告間の横浜地方裁判所平成二年(手ワ)第八二号約束手形金請求事件の手形判決中の第一審原告敗訴部分を取り消す。

2  第一審被告は、第一審原告に対し、三八〇〇万円及び内一四〇〇万円に対する平成元年一〇月五日から、内五〇〇万円に対する同年一一月五日から、内一九〇〇万円に対する同年一二月五日から各支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は、第一、二審とも第一被告の負担とする。

4  第一審被告の控訴を棄却する。

二  第一審被告

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求の原因

1  第一審被告は、左記約束手形五通(以下「本件手形」といい、個別の手形を表示する場合には「本件手形(一)」等という。)を振り出した。

(一) 金額 一〇〇〇万円

満期 平成元年一〇月五日

支払地 川崎市

支払場所 株式会社横浜銀行御幸支店

振出地 綾瀬市

振出日 平成元年六月一四日

振出人 第一審被告

受取人 訴外栄和化工株式会社(以下「栄和化工」という。)

裏書人 栄和化工

被裏書人 訴外信用組合大阪興銀(抹消)(以下「大阪興銀」という。)

(二) 金額 九五〇万円

他の手形要件は(一)に同じ

(三) 金額 五〇〇万円

満期 平成元年一一月五日

振出日 平成元年七月二七日

他の手形要件は(一)に同じ

(四) 金額 九〇〇万円

満期 平成元年一二月五日

振出日 平成元年八月二一日

他の手形要件は(一)に同じ

(五) 金額 一〇〇〇万円

満期 平成元年一二月五日

振出日 平成元年八月二一日

他の手形要件は(一)に同じ

2  大阪興銀は、本件手形を、支払呈示期間内に支払場所で支払のため呈示した。

3  第一審被告は、本件手形(一)の手形金一〇〇〇万円のうち五五〇万円を支払った。

4  第一審原告は大阪興銀から本件手形の交付を受けてこれを所持している。

5  よって、第一審原告は、第一審被告に対し、本件手形金合計四三五〇万円から本件手形(一)につき支払われた五五〇万を控除した三八〇〇万円及び本件手形(一)、(二)の約束手形金合計一四〇〇万円に対する満期日である平成元年一〇月五日から、本件手形(三)の約束手形金五〇〇万円に対する満期日である同年一一月五日から、本件手形(四)、(五)の約束手形金合計一九〇〇万円に対する満期日である同年一二月五日から各支払済みまで手形法所定の年六分の割合による利息の支払を求める。

二  請求の原因に対する認否

請求の原因1ないし4記載の事実は認める。

三  抗弁

1(一)  本件手形は、第一審被告が栄和化工の資金繰を援助する目的で、栄和化工あてに振り出し、交付した融通手形である。

(二)  第一審原告は、栄和化工の代表者訴外柳鉉次(以下「鉉次」という。)の実兄であるうえ、同社の専務取締役で、かつ、経理面の責任者として本件手形(融通手形)の振出を第一審被告に依頼した者である。加えて、第一審原告は、栄和化工の大阪興銀に対する債務の連帯保証人であるとともに、自宅の土地建物等に二億八〇〇〇万円の根抵当権を設定した物上保証人でもある。

(三)  栄和化工は、第一審被告から交付された本件融通手形を大阪興銀で割引いていたところ、平成元年九月五日二回目の不渡を出して倒産した。

(四)  第一審原告は、このまま放置すると自宅の土地建物が競売される状況に立ち至ったため、大阪興銀に対し、栄和化工の大阪興銀に対する債務一億二〇〇〇万円を全額弁済し、それと引き換えに本件手形の交付を受けた。

(五)  以上のとおり、栄和化工と第一審原告とは実質的に一体と見られるから、第一審被告は、第一審原告に対し、本件手形が融通手形であることを理由として手形金の支払いを拒絶することができる。

2  仮に、融通手形の抗弁が理由がないとしても、右1の事情に照らせば、本件手形金の請求は権利の濫用又は信義則違反に該当し棄却されるべきものである。

3  融通手形の振出人は、被融通者に対する保証人としての実質を有するから、第一審原告と第一審被告との関係は主債務者である栄和化工に対する保証人が複数いる場合の関係を類推するのが相当であるところ、栄和化工の保証人としては、第一審原告と第一審被告のほか鉉次、柳敏子、第一審被告代表者土田和鋭、岩本健雨の六名がいるから、そのうちの一人である第一審原告が栄和化工の大阪興銀に対する債務を代位弁済した場合については右六名間の求償の問題として処理すべきである。本件では、右求償権の範囲は右保証人の数に応じて平等の割合であるから、第一審原告は、本件手形金四三五〇万円の六分の一に相当する七二五万円の限度で第一審被告に求償できるにすぎない。しかも、第一審被告は、右の内五五〇万円を大阪興銀に弁済しているから、第一審原告が求償できる金額は一七五万円となる。

四  抗弁に対する認否

1(一)  抗弁1(一)記載の事実は認める。

(二)  同1(二)記載の事実のうち、第一審原告が、栄和化工の代表者鉉次の実兄であること、第一審原告が、栄和化工の大阪興銀に対する債務の連帯保証人であるとともに、自宅の土地建物等に二億八〇〇〇万円の根抵当権を設定した物上保証人でもあることは認め、その余の事実は否認する。

(三)  同1(三)記載の事実は認める。

(四)  同1(四)記載の事実のうち、第一審原告が大阪興銀に対し、栄和化工の大阪興銀に対する債務一億二〇〇〇万円代位弁済し、それと引き換えに本件手形の交付を受けたことは認め、その余の事実は否認する。第一審原告は、連帯保証人の立場で右代位弁済をしたものである。

(五)  同(五)記載の主張は争う。

2  同2、3記載の事実は否認し、主張は争う。

融通手形の振出人は、被融通者に対する保証人としての実質を有するものではないから、第一審原告と第一審被告との関係について、主債務者である栄和化工に対する保証人が複数いる場合の関係を類推することは相当でない。なお、鉉次は所在不明であり、岩本健雨は保証人ではないから、第一審被告の主張によっても、第一審原告が第一審被告に求償できる範囲は代位弁済額の四分の一である。

第三  証拠関係<省略>

理由

一請求の原因記載の事実はいずれも当事者間に争がない。

二第一審被告は、本件手形は融通手形であるところ、本件手形の受取人(被融通者)である栄和化工と第一審原告とが実質的には一体とみることができるから、第一審原告に対し、本件手形が融通手形であることを理由として手形金の支払を拒絶することができ、また、仮に右主張が理由がなくとも第一審原告の請求は権利濫用又は信義則違反に該当して許されないと抗弁するので、この点について判断する。

1  本件手形は、第一審被告が栄和化工の資金繰を援助する目的で、栄和化工あてに振り出し、交付した融通手形であること、第一審原告が、栄和化工の代表者鉉次の実兄であること、第一審原告が、栄和化工の大阪興銀に対する債務の連帯保証人であるとともに、自宅の土地建物等に二億八〇〇〇万円の根抵当権を設定した物上保証人でもあること、栄和化工は、第一審被告から交付された融通手形を大阪興銀で割引いていたところ、平成元年九月五日二回目の不渡を出して倒産したこと、第一審原告が大阪興銀に対し、栄和化工の大阪興銀に対する債務一億二〇〇〇万円を全額弁済し、それと引き換えに本件手形の交付を受けたことはいずれも当事者間に争いがない。

2  前項の当事者間に争いがない事実並びに<書証番号略>、原審における第一審原告本人尋問の結果、第一審被告代表者尋問の結果(第二回)によると、以下の事実が認められる。

(一)第一審原告は、鉉次の実の兄である。第一審被告は、その妹が第一審原告と鉉次の末弟に嫁いでいて、第一審原告及び鉉次と第一審被告との間には姻戚関係が存する。

(二)  栄和化工は、鉉次個人が昭和四六年ころから行っていた塩化ビニール押出製品製造業を昭和五二年六月二二日法人化した会社であり、当初は岩本健雨が名目上の代表取締役となり、昭和五六年一二月ころ鉉次が代表取締役に就任したもので、営業目的は塩化ビニール押出製品製造及び敗売であるが、最近では主に浴そう製品の製造敗売をしていた。

(三)  鉉次が塩化ビニール押出製品製造業を始めるに当たっては、第一審原告が五〇〇万円を融資したが、その借用証<証書番号略>には第一審原告が借主と記載されていた。

(四)  第一審原告は、昭和四四年ころから、実弟の柳浩吉と共にライト化学工業所の商号で塩化ビニールの練加工(着色)業を営み、これを昭和四七年五月ころライト化学工業株式会社として法人化し、取締役となった者であるが、前記のとおり、栄和化工の前身である鉉次の個人事業時代から資金の調達に関与するなどしてその事業に関与していた。

(五)  第一審原告は、自宅の土地建物に、栄和化工を債務者とする次の根抵当権を設定し、栄和化工の大阪興銀に対する債務につき連帯保証をしていた。これに反し、鉉次が栄和化工の債務につき物上保証をした形跡はなく、第一審原告は、栄和化工の実質上の金主という立場にあった。

(1) 昭和五四年一一月七日受付、同年一〇月二六日設定、極度額二〇〇〇万円、債権者大阪興銀

(2) 昭和五七年一月二一日受付、同月一九日設定、極度額五〇〇〇万円、債権者シエ産業株式会社

(3) 昭和六二年八月二九日受付、同日設定、極度額八〇〇〇万円、債権者大阪興銀

(4) 平成元年二月二三日受付、同月二二日設定、極度額二億円、債権者大阪興銀

(六)  第一審被告(その前身の有限会社丸和工業所)は、栄和化工及び第一審原告が取締役となっていたライト化学工業株式会社の依頼により、昭和五五・五六年ころから両社にそれぞれ融通手形を振出、交付していたが、その決済資金が第一審原告の妻名義で第一審被告に送金されているものが散見され、第一審原告もその間の事情を知っていたと推認される。

(七)  第一審原告は、昭和五八年四月ころ、事実上ライト化学工業株式会社を退社し(なお、社会保険の資格喪失届は昭和五九年四月二五日である。)、昭和五九年三月一九日ころから、栄和化工で勤務するようになった。第一審原告は、栄和化工において専務と呼ばれ、総務・経理を担当し、銀行との資金繰折衝や第一審被告への融通手形の振出依頼等は主に同人が担当し、更に、栄和化工の手形帳、小切手帳及び実印等を金庫に入れて保管し、手形・小切手の振出をするなどしていた。

(八)  第一審原告は、昭和六二年五月ころ、栄和化工の資金繰が楽になったことから、約半年間、栄和化工から事実上手を引いていたところ、昭和六三年三月ころ、栄和化工の資金繰が急速に悪化したため、再度栄和化工に関与し、第一審原告が中心となって、大阪興銀や第一審被告らの債権者と再建策を協議した。右協議に基づく第一審原告らの依頼により、第一審被告代表者土田和鋭が栄和化工の大阪興銀に対する債務を連帯保証し、かつ、同人夫妻所有名義の土地建物に債権者大阪興銀、債務者栄和化工、極度額一億五〇〇〇万円の根抵当権を設定することが合意され、これにより栄和化工が大阪興銀から供与される信用の枠が拡大された。また、右協議により、栄和化工が第一審原告から振出・交付を受けた融通手形については、栄和化工が大阪興銀に対し、満期が到来する手形の利息及び五〇万円を一か月ごとに支払うことで、大阪興銀は手形の書換に応じるということになった。右融資枠の拡大により、第一審被告が栄和化工に振出・交付し、栄和化工が大阪興銀で割引いた融通手形が昭和六三年四月ころから急増し、早くも同年五月ころにはその残高が一億二〇〇〇万円を超えた。

なお、第一審被告は、平成元年二月末ころ、大阪興銀に八〇〇〇万円を支払ってこれに見合う第一審被告振出の手形を回収したため、残る手形は約四四〇〇万円分となった。

(九)  栄和化工は、平成元年九月五日、二回目の不渡を出して事実上倒産した。そこで、第一審被告は、大阪興銀と交渉して、同社に毎月五〇万円を支払って手形の書換に応じてもらうこととし、平成元年一〇月から平成二年八月まで毎月五〇万円を大阪興銀に支払った。

(一〇)  第一審原告は、平成二年九月末ころ、栄和化工の連帯保証人として大阪興銀に対し一億二〇〇〇万円を弁済し、大阪興銀の手元に残っていた本件手形の交付を受けた。

(一一)  第一審原告は、社会保険の資格上は平成元年一月二五日(同年二月三日届出)にその資格を喪失し、栄和化工の従業員ではなくなっているが、その後も栄和化工に少なくとも月二回は出社し、訴外東伸化成株式会社に融通手形の振出を依頼したり、前記のとおり栄和化工のため、平成元年二月二三日受付、同月二二日設定、極度額二億円、債権者大阪興銀なる根抵当権を自宅の土地建物に設定するなどして実際上は栄和化工のため働いていた。

以上の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

3 以上認定の各事実を総合考慮しても、本件手形の受取人(被融通者)である栄和化工と第一審原告とが実質的に一体であるとまでは認められない。しかし、右のとおり第一審原告が栄和化工の代表者である鉉次の実の兄であり、かつ、栄和化工の実質上の金主という立場にあったうえ、栄和化工において専務と呼ばれ、総務・経理を担当し、銀行との資金繰折衝や第一審被告への融通手形の振出依頼等を担当し、更に、栄和化工の手形帳、小切手帳及び実印等を金庫に入れて保管しており、実質上資金繰についての全権を握っていたこと、昭和六三年三月末ころ、栄和化工の資金繰が悪化した際、第一審原告が中心となって大阪興銀等と協議し、土田和鋭に連帯保証と物上保証をさせて栄和化工の信用供与枠を増大させたうえで、栄和化工が大阪興銀に対し、満期が到来する手形の利息及び五〇万円を一か月ごとに支払うということで、大阪興銀に第一審被告振出の手形の書換に応じる旨承諾させたもので、いわば、第一審原告は栄和化工の責任で第一審被告振出の手形の決済をする旨約した本人であることからすると、第一審原告が栄和化工の債務を連帯保証人の立場で弁済し、本件手形の交付を受けたからといって、第一審被告に対し本件手形金の支払いを請求することは信義に反し許されないというべきである。

したがって、第一審原告の請求はその余の点を判断するまでもなく理由がない。

三よって、第一審原告の請求を一部認容した原判決は相当でないから、原判決中の第一審被告敗訴部分を取り消し、第一審原告の請求は理由がないから、第一審原告と第一審被告間の横浜地方裁判所平成二年(手ワ)第八二号約束手形金請求事件の手形判決中の第一審被告敗訴部分を取り消して第一審原告の請求を棄却し、第一審原告の控訴は理由がないから棄却することとし、民事訴訟法三八六条、三八四条、九五条、九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官岡田潤 裁判官小林正 裁判官清水研一)

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